天声人語(朝日新聞 2004年3月8日)
1匹が1本になり、さらに1丁から1さく、最後に1切れになる。クイズのようだが、何のことだかおわかりだろうか。
マグロの数え方である。泳いでいるマグロは「匹」だが、水揚げされて横たわると「本」で数えられる。解体される過程で名前も変わる。頭と背骨を落とした半身が「丁」、「ころ」と呼ばれる塊を短冊状に切り分けると「さく」になる。スーパーなどでお目にかかるのが、たいていこれだ。さらに一口大にしたのが「切れ」で、人の口に消えていく。
様々な数え方を整理した『数え方の辞典』(飯田朝子、町田健・小学館)を見ていると、日本語の複雑さと豊かさに改めて驚かされる。日本文化の細部を照らし出してもくれる助数詞の数々である。
こんな体験をしたことがある。貴人への献上品の一覧を記す古い文書を紹介したことがあった。そのなかに「ちりめん一匹」とあった。「献上品としてはあまりにみみっちいのではないか」とまじめに指摘してきた人がいた。小さなちりめんじゃこ1匹と勘違いしたのだった。もちろん絹織物の一つの縮緬(ちりめん)のことである。
布の数え方も複雑だ。1匹は2反のことである。1反といえば、ほぼ大人1人前の布の大きさにあたる。絹布10反で「ひと締め」という。巻かれて商品として売られているときには「巻き」や「本」である。
忘れ去られていく数え方もある。タンスの「ひと棹(さお)」はまだ残っているとしても、行李(こうり)の「ひと梱(こり)」は風前のともしびだろう。職人や手仕事の世界の衰微と命運をともにする言葉たちだ。